谷 好通コラム

2020年01月15日(水)

1.15.あれからの小ミミたちはどうなったのか

足が悪いくせに荷物の高い所に登って、落ちて、
腰の骨を骨折して大手術をしたのをきっかけに、
みんながかわいがってくれた会社の倉庫から、
我が家に引っ越してきたチビのサバ虎猫の小ミミは、
めでたく回復して、傷口を舐めないようにつけられたエリザベスも取れて、
あれからどうなったでしょう。

同居のプードル犬リンダと16才になったキジ猫のチーちゃんとは、
小ミミはうまくやっているのでしょうか。
小ミミは約1か月ケージの中で過ごしたのですが、
傷が全快してから家の中に放されて、最初にチーちゃんと会った時、
小ミミはチーちゃん図々しくも、くっついて行ったのですが、
チーちゃんはそれに怒って牙をむき出し
「ファー(シャー?)」と怒りの声を上げたので、
ひと噛みで殺されるかと思ったら、
小ミミはコテンとチーちゃんの足元にひっくり返って、
「はい、降~参」とばかりにお腹を丸出しにしたのです。
そうしたら、チーちゃんは
「じゃあ、いいわ」と、小ミミを許したのです。
それを何回か繰り返して、
それで終わりです。
チーちゃんは小ミミの事が積極的には好きではないようですが、
いる事に怒るようなことは無くなって、平和になりました。
小ミミはチーちゃんが大好きでチーちゃんの後を着いて回りますが、
チーちゃんはうるさそうにするだけで、
怒ったりもしなくなり
チーちゃんのお気に入りの場所に小ミミがいても、べつに怒りません。
ちょっと離れて、のんびり寝ていたりします。
チーちゃんは小ミミとの同居を、少しだけ距離を置いて受け入れています。

では、プードル犬のリンダとはどうでしょうか。
小ミミはリンダを最初に見た瞬間から兄弟のようにくっついて行きます。
いえ、両方とも女の子なので「姉妹」ですね。
リンダの方は最初の時期だけちょっと戸惑いがありましたが、
翌日からもう大丈夫で、
小ミミはリンダにふざけてかかって行き、
すぐに追っかけっこになります。
小ミミはリンダのおもちゃが全部好きで、
すぐにお姉ちゃんのおもちゃに手を出しますが、
心の狭いリンダは、すぐに取り返そうとして、また追っかけっこです。
食いしんぼのリンダは、小ミミのキャットフードをすぐに食べてしまいます。
小ミミもリンダのドックフードを食べますが、
ちょっとお腹に合わないようで、下痢になったので、
今は、お互いの餌を食べないようにしています。

小ミミは、下痢になっても、トイレのマナーがすごく良く、
必ずトイレにします。本当にえらいものです。

だから、小ミミとリンダとチーちゃんの生活は、
種を超越して、すごくうまく行っていて、
本当にこんなにうまく行くとは思いもよらなかったので、
見ているだけで幸せです。

小ミミは、最初はあまり可愛げのない猫かなと思っていましたが、
とんでもない。
ものすごくかわいい、抱きしめたくなるようないい猫です。

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2020年01月13日(月)

1.13.叱るよりホメよ? 冗談じゃない。

子供を育てるのは大変で、つい、叱ってばかりになることをたしなめて
「叱るよりホメて育てよ。」と言われるが、
小さな子供についてはそうかもしれないが、
会社において社員を育てていくには、そうはいかない。
少なくとも、急成長を果たしつつある発展途上の会社においては
絶対にそんな訳にはいかない。
発展途上で、ぐんぐん大きくなりつつある会社では、
組織が大きく成長する過程で、
係長とか課長とか部長などの役職者を、
短期間でたくさん造って行かなくてはならない。

たとえば、誰かを所長にする時、
その人が所長としての能力と人格を身に付けてから所長にするのではなく、
所長として成長する可能性があると判断したら、
その人が所長としての能力や人格を備える”前に”
とりあえず所長にして、
所長としての仕事をする過程で、
所長としての能力と人格を育てようとする。
だから、
彼は所長という役職になっても、
まだ、所長としての能力と人格を持っていないので、
所長としての仕事は間違いだらけで出来ない。
失敗して行く過程の中で、懲りて、学んでいくことになる。
もちろん、その過程で部下や会社、世間に対して迷惑をかけることになるが、
彼が所属する組織が急成長しているので、ある程度仕方がない。
彼はまだ所長としての能力も人格も身に着いていない
言って見れば、
まだ「ナンチャッテ所長」なのだから、
その所長の上司が気を張って、
皆さんにご迷惑をかけないように気を配るしかない。

だから、叱る。
何かがあって、成長途中のナンチャッテ所長が間違う度に、
「それは違う、君は間違っている。」と、厳しく叱責して、
短期間に学習して、成長するように、しょっちゅう叱ることになる。

ホメられるような事が出来るまで待っていたりしていたら、
そのナンチャッテ所長は、
世間や部下に対して間違った行動や言動で、
迷惑を振り撒き回ることになる。
会社が急成長する中で、そんなナンチャッテ所長がたくさんいて、
世間に迷惑を振り撒き回っているのに、
成長のためにホメることが出来るまで叱ることを控えたりしていたら、
そんな無責任な会社はひとたまりもない。

ナンチャッテ所長が、何かしでかす先に回って、
ご迷惑をかける前に「叱ってたしなめる。」
そのたびに、ナンチャッテ所長は懲りて、学習して、成長する。
そして、短期間に成長して、所長としての能力と人格を身に付ける。
ホメている余裕などないのだ。

しかし、多くの場合、そうはいかない。
辞令が出て所長になった人は、
所長になったとたん、所長としての能力と人格を備えたつもりになって、
自分が、まず、ナンチャッテ所長として、
いっぱい失敗して、叱られて学習せねばならない立場である事を忘れ、
「所長”らしく”」ふるまい、
「所長”らしく”」扱われることを求め
ひどい場合は、所長の役職に就いたとたんに威張り始めて、
かえって謙虚さを失って、
横暴に振る舞い、
叱られることを嫌がり、
叱られるとかえって反抗するようになると、
その人は、所長としての能力や人格を身に着けることは出来なくなって、
ナンチャッテ所長のままで学習も成長もせずに、
単に空威張りするだけの馬鹿者になり下がって、
去っていくか、うまく行っても格下げされることになる。

上に上って行く者は、
上に上げられた途端に今まで以上に叱られ始めることを知っていて、
上に上げられた途端に、
今の自分ではだめだと強く思うようになって、
より謙虚になって
叱られるたびに学習して、
その上の役職にふさわしい能力と人格を備えようとする。

上に上がれない者は、
上の役職にした途端に、威張って仕事をせずに楽をするようになって、
叱られるたびに反発して学習が全く出来ない傲慢な者で、
早く下げないと取り返しがつかない。

信賞必罰というが、
信賞は簡単だし、誰からも喜ばれ称賛され、
ホメた本人も気分が良いが、
必罰が的確にタイムリーに出来る人は少ない。

人は叱るよりホメて育てよ。とは、冗談じゃない。
そんな悠長なことをしていたら、会社はあっという間につぶれる。簡単だ。

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1.13.大あさり焼きがうまそうに思えた自分

年初の初めの頃は、
先の事が明るく照らされるように見えて
10年後は4倍増間違いなしと本気で思えたりするのですが、
お正月も半ばになって、普段の仕事が普通に動き始めたりすると、
細かい事でネガティブな要素が見えてきたり、
当たり前のことがいまだに出来ていないことに気が付いたりして、
ふと、仕事にいけない姿勢でのめり込んでいる自分に気が付いて、
12日の日曜日、
気晴らしに
家族が新聞で見つけた「菜の花祭り」に行ってきました。
場所は愛知県なのですが、
知多半島に相対してある「渥美半島」の先っぽの「伊良湖岬」。

伊良湖岬は、
私がまだ新婚の、22才の頃、だから45年前、
鳥羽から伊良湖岬行きの伊勢湾フェリーに乗って、
それが比較的小さなフェリーだったので、湾から出たとたんに大きく揺れて、
連れ合いがひどい船酔いになって苦しかった思い出しかなかったが、
久しぶりに行った伊良湖岬は、
ビニールハウスがぎっしり建っていて、
花やフルーツの大生産地として、驚くほど豊かな町であった。

なぜ、岬の先っぽの立地がハウス栽培に適しているのか、
「日当たりが良い?」「暖かい?」
岬の先っぽだからといって日照時間が長くなる理由が分からないし、
暖かい理由も思いつかない。
しかし、
不思議なほど近く所(車で1時間半)に、
別世界のような、南国と海と砂浜の観光地があったのです。
菜の花畑自体は、そんなに驚くようなスケールでもないし、
菜の花祭りの二日目だったからなのか、
それほど華やかには花が咲いていず、
少しがっかりしたのですが、
伊良湖岬の南国の観光地然とした意外さに、
ほんの気晴らし程度のつもりで行ったのに、
けっこう、昔に戻ってちゃんと観光をした気分になったのでした。

で、どうだったのか。

私は昔から遊びがものすごく苦手で、
行楽や観光に行っても、それに付き合っているだけで
自分はそれを楽しむような気には中々ならなかったのですが、
今回は、伊良湖岬に行って、
丘のてっぺんのホテルに泊まってみたいなと思ったり、
海岸に沿って売店が並んでいて、
そこに「大あさり焼き」なんて書いてあると、
思わず口の中に唾が出て来たりして食べたいと思ったのは、
私は歳をとって、
行楽とか観光とかが出来るようになっているのかもしれない。

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2020年01月10日(金)

1.10.支払いは請求書を元にしてはいけない。

今朝の「めざましテレビ」の中のニュースで、
私の家に近い大会社で6億円の使い込みがあり、
60才の女性が逮捕されたと言っていた。
その女性は、馬術競技の馬を六頭も買っており、
その馬との2ショットをSNSに上げており、
その幸せそうな表情の写真と、
逮捕された時の惨めにやつれた表情の写真との差は、いかにも哀れであった。
そのニュースによると、
その女性は、その大会社の組合の「年金」の事務を一人でやっていて、
年金として蓄積されていたお金を自分の口座に勝手に送金して、
派手に豪遊し、セレブのように「馬」を飼って愛した。

哀れなバカな人間の単純な犯罪だが、
6億円もの大金の使い込みが長期間ばれなかったのには驚くが、
しかし不思議とは思えない。

その大会社は、会社としての経理の仕組みは
きっと正しく牽制と内部統制が効いていて、
そんな馬鹿みたいに単純な使い込み出来る訳がなく、
やられたとしてもすぐにバレタはずだし、
内部監査に引っかかるか、決算のたびの監査法人による監査に必ず引っかかる。

しかし、組合の年金の金は、会社の金ではないので、
いずれの仕組みにも監査にも関係ないので、
どの仕組みにも引っかからなかったのだろう。
組合は会社の統治の外の組織なので、会社としても治外法権で干渉できない。

とは言っても、その会社の大切な社員の老後の生活を支える大事なお金なので、
ちょっと帳簿残高と預金残高が合っているかぐらい確かめれば良かったのに、
また組合も、自分達の組合員の大切なお金である意識があったなら、
こんな単純な使いをされても長期間気が付かないような、
無責任な無関心は無かったはずだ。
しかし、組合の年金に関わる事務員が、
「一人」であったところにすべての落とし穴がある。
一人だけであっては、
その金が正しく管理されるにはその人の良心だけが頼りであって、
その人の良心が、使い込みをしない分の量だけあるかどうかを、
誰が責任を持って計るのか。また、計ることが出来るのか。
万一、その一人に使い込みをされたら、それが解る方法があるのか。
無いのだから、一人で管理すること自体が「悪い」のだ。
お金の出し入れを含む管理は、
一人であることが「悪」であって、万が一犯罪が起きたら、
その人が悪いのではなく、その人が「一人」であることが「悪い」のだ。

お金の出し入れを含む管理に関わる人は
必ず二人以上である事が必要で、
その二人は必ず違う立場の人であって、「牽制」の関係になければならない。
二人と言っても、
同じ立場の上下の二人では意味が無い。
上の人間が下の人間を「信じる」と言う盲目的な行為で一人と同じことになる。
お金の出し入れを伴う管理は、
違う立場にあって、牽制の関係にある二人以上でなければならない。
これは絶対に譲れない組織の基本である。

違う立場の、牽制の関係にある二人とは
たとえば、商品を注文する人と、
その代金の支払いを指示する人が別の人でなければならないという意味。
この例えでいえば、
支払いの指示は、入荷を確認した人であり、
入荷を確認する人は、その商品を注文する人とは別の人でなければならない。

ましてや、その商品を送った人と、
支払いを指示する人とは別の人である事は当然であって、
だから、支払いは、その商品を送った人が発行した「請求書」を元にはせず、
商品を受け取った人によって打ち込まれた「仕入データの集計」を元にして、
そのデータが正しいと承認した人が指示する。
こんなことは経理の初歩中の初歩だが、
一番犯されがちな初歩的な間違いです。

もっと単純に言うと、
経費あるいは費用を使った人と、
その支払いをする人は別でなければならず、
だから、その支払いを指示する人、つまり承認する人は、
その費用を使った人とは別の立場の人でなければならない。

しかし、
組合の年金の金は、会社の金ではないので
こんな単純な大原則が守られなかったのだろう。
ある意味、吐き気を催すような下らない事件だ。

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2020年01月08日(水)

1.08.バックヤード店長の怪と、勝手な販促。

年末に店舗を周った時に、
「パックヤード店長」という存在の話を聞いた。
それは、スタッフが店長になったとたん、
バックヤード=スタッフルーム兼事務所でPCをずっと触って閉じこもり、
店がどんなに忙しくなっても、
ちっとも手伝ってくれない店長がいるのだそうだ。
出てきても、お客様と話をするだけで、作業には一切手を出さない。
そんな店長には、スタッフは不満を持っていて、
チームワークがうまく行く訳がなく、
そんな店長の店舗の実績は総じて良くない。
だから、だんだん居づらくなって、
辞めてしまうことになる。
だから、現実にはそんな店長は、今は存在しない。

しかし、自分が「店長」になると、
その店の中では自分を叱る人がいなくなって
叱られないので、仕事をせずに楽をしてもいいと勘違いしている人はいる。
こういう人は、
働かないと叱られるので働くという人であり、
“やらされ人間”の典型なのだろう。
極端に言うと、働かないと鞭でぶたれて痛いので働いている農耕馬と同じだ。
こういう人を、
自らの価値観で自らを動かすことが必要な役職に就けると
その店の中には自分を叱る人がいないので、
自分の意志が楽をしたいのならば、当然のように楽をしてしまう。
悪いことをしている自覚は全く無い。
しかし、その店のスタッフがそんな店長に不満を持って、
文句を言うか、
店の成績を落とすかしないと会社には判らないので始末が悪い。
しかし、スタッフにとっての上司の行動に文句を言うのは、
部下にとって勇気のいることで
下手すると不穏な不満分子と見られてしまう。
だから自然に、忙しい時にはお客様を断ってしまうことになって、
お客様がその店から離れる事になって、必然的に実績が落ちる。
そうなってからやっと会社が気が付くことは、残念ながらよくある事だ。

スタッフの皆が不満を持つ前に
新しく店長になった人を注意深く観察するしかない。
あるいは、その店での勤務が長くなって、
猿山のボスのようになってしまい
動かざる存在になってしまっている店長もあるので、
そんな場合は実に発見しにくい。

ある程度の期間での配転が必須である訳だろう。


あるいは、もっと権限が大きくなる地位に付けると、
勝手なことをし始める者もいる。
その典型が、自分で良いと思った販促を無断で特定の店に行ってしまう事。
チラシの配布や、DMの送付、看板の掲示などの販売促進行為は、
もちろんそれを実行すれば、それなりの集客は出来る。
しかしそのいずれにも、
その行為に相当する費用が必要であって
その費用対効果を考えて販売促進はされなければならない。
と同時に、それぞれがその実績を競っている仲間達に公平である必要がある。

しかし、ある程度の権限を持つと、
自分の仕事⇒販売実績を上げる事⇒販売促進⇒販売実績が上がる⇒良い事。
と、単純に考えて、
それが費用の発生を伴うことも、
他の仲間達でも、販売実績だけを考えれば販促はやりたいに決まっている。
が、費用の発生と
一つの看板を掲げているブランディングの事を考えると、
お互いに公平に販促を発動する必要があって、
身勝手に行動してはならないことは、常識として身に着けているものだが、
狭い視野を持って
短絡的な価値観を持っていると、
自分の仕事⇒販売実績を上げる事⇒販売促進⇒販売実績が上がる⇒良い事。
となって、収支感覚の無い不公平な行動、
つまりマネージメント能力の欠如した行動をとることになる。

すべての行動が、必ず報・連・相を伴う事で防ぎ、学ぶ事が出来るが、
マネージメント能力の不足している人は、
総じて報・連・相の必要性を理解していず、欠けている場合が多い。
悩みの種だ。

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プロフィール

谷 好通

代表取締役会長兼CEO

谷 好通

キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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