谷 好通コラム

2019年08月31日(土)

8.31.報・連・相の大切さとむずかしさ

報・連・相とは報告・連絡・相談の略で、
組織において、その大切さは、常日頃から言われ続けているかが、
中々実践されていないのも事実です。

とかく報・連・相は組織上の下から上に行われるものとの概念があるが、
決してそんなことはなく、
上から下への報・連・相も日常的に行われ、組織間でも盛んに行われる。
それでも、報告や連絡、相談は
下の者が、上の役職の者に対して”義務的”にするものとの概念が強いので、
しなくて済むものならば、しないほうが自分も楽だし、
上司も面倒くさくないのでその方が良いと思っている人が多い。

組織が活発に動き、その動きの中で間違いが無いように動くには、
ほぼすべてが報・連・相の徹底にかかっているのに、
大切なことが「言わなくていいと思った。」だけで、
組織の誰かが知っていれば防げた大きなミスが、
知らなかったばかりに起きてしまうことはしょっちゅうだ。
あるいは、自分が気付かなかったことが、
人から見ると大きなチャンスであるのに
自分が報告しなかったばかりに、その大きなチャンスを逃して、
みんなの機会を無駄に損失してしまうこともある。

報・連・相が出来ない者。
報告が出来ない者、連絡を疎かにする者、相談をせずに勝手にやってしまう者は、
重要なポジションには絶対に着けられない。
それが組織を正常に活発に動かし、危機を回避する為に最も大切なことだ。
それは組織を動かす者、リーダーたる者の
最も初歩的な常識であり、
上の役職に立てば立つほど、重要な要素になる。

最も誤解されている事は、
上の役職に立つと、報・連・相をしなくても良くなると誤解する者がいるが、
これはとんでもない間違いであり、
上の役職に立てば立つほど、重要な情報に接するようになり、
発言と判断が重要な影響を持つようになるのだから、
上の立場に立てばたつほど、報・連・相が一層重要になる。
逆に言えば、
上の立場に立ったら報・連・相をしなくなる愚か者は、
上の立場に立てておくのは危険なので、
下に降ろすことが必要なのだ。
これは明確な事実だ。

上の立場に立つと報・連・相をしなくなる者がいるとしたら、
それは、報・連・相は下の者が上にするものだと誤解しているので
上に立場に立つと、
うかつにも報・連・相をしなくなるのだろうが、
この誤解を持っている者とは、
その者に根本的な所での謙虚さが欠けているということでもあるので、
誤解を解き、報・連・相をするようになるのは、難しい。
一度、下に降ろすしかないのか。

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2019年08月29日(木)

8.29.いくらなんでも5時間はケツが痛かった

鹿児島中央駅を出たのは16時32分。
「みずほ」という東海道新幹線で言うと「のぞみ」に当たる列車で、
鹿児島中央駅から新大阪までの超特急だ。
だから、「みずほ」は博多⇒新大阪間は「のぞみ」と同じ駅に止まり、同じダイヤで走るので、
名古屋駅まで行く「のぞみ」に「みずほ」から乗り換えるのは、
博多を過ぎたらどの駅でも構わない。
だから、
鹿児島中央駅の「みどりの窓口」で、
名古屋行きのチケットを頼むと、「どの駅で乗り換えますか?」と聞かれる。
その辺の事情を知らない人、あるいは理解してない人は
「えっ? どの駅で乗り換えるのかって? 私は知りませんけど。」となる。
そういう人はいっぱいいると思うのだが、
そんな時はどんな会話をしているのだろうか。
何かマニュアルがあるはずだ。
今度、鹿児島中央駅で名古屋行きのチケットを頼む時は、
ぜひ、
「えっ? どの駅で乗り換えるのかって? 知りませんけど」と言って見よう。
駅員さんがどんな風に見事に説明するのか、大変興味があります。
(決していじわるでなく)

答は人に寄るかもしれませんが「新神戸駅」が正解です。
新神戸駅には上下1本ずつしかホームが無いから、
新神戸駅ならば乗り換えるのにホームを移る必要が絶対にないからです。

それにしても、
新幹線に5時間乗るのは、ツライですね。
PCを打っていても、本を読んでいても、寝ていても、
とにかく3時間を過ぎあたりから、ケツが痛くなってきます。
年とって、ケツの筋肉の柔軟性が無くなって来ているのでしょう。
ケツが痛くてたまりません。

やっぱり鹿児島行きは飛行機が一番いいようです。
これからは行きも帰りも両方飛行機に乗りましょう。
絶対そうしましょう。前話を取り消します。
もう21時を過ぎました。
飛行機に乗っていれば、
もう家に着いて、風呂に入って、ビールを飲みながらテレビを見ている時間です。


九州北部は空が不気味でした。

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8.29.鹿児島は超楽々日帰りコース。

鹿児島行なので、当然、飛行機です。
少なくともひと昔まではそうでした。
ところが今では新幹線が鹿児島まで通ってしまったので、
必ずしも鹿児島は飛行機とは言えなくなったのです。

飛行機では空港までの時間と出発までの時間を見なければなりません。
今日ならば11時40分の飛行機に乗るために、
10時20分に会社を出ました。
中部空港に着いたのは10時40分。
(当社は空港に恐ろしく近いのです)
私の場合、空港での手続きがいちいち面倒なので、時間の余裕を見ます。
案の定、チェックインしてゲート前に着いたのは11時15分。
搭乗して11時40分に出発です。

鹿児島便は新幹線に乗客を取られて減ったからなのか、
機体が、ジェット機のB737-800搭乗客数160席から、
プロペラ機のボンバルディアDHC8-400搭乗客数74席に代わっていました。
だから、飛行のスピートが落ちているので、
2時間近くかかるようになっています。
鹿児島空港への到着は13時30分ぐらいの予定です。

そして、空港から市内までが30分以上はかかるので、
会社を10時20分に出て13時30分に市内に着くので、
結局、3時間10分移動にかかったことになります。
新幹線ならば名古屋⇒博多⇒鹿児島で約5時間。
駅までの移動は合わせても1時間なので結局6時間見ればいい事になる。
しかし、飛行機の便数は少なく、新幹線の本数は圧倒的に多い。

名古屋⇒鹿児島は、やはり、飛行機の方が速いので、
行きは飛行機に乗っています。
しかし、帰りの飛行機が17時の便の席が無かったので、
その後が20時30分の便しかなく、
鹿児島での時間がかなり余る。
やはり、絶対的な便数が少ないのは不便だ。
向こうでの打ち合わせがどれくらいかかるか判らないので、
帰りは、時間を決めずに西鹿児島駅から適当に新幹線に乗って帰ることにした。
片道5時間の新幹線を往復で10時間は嫌だが、
帰りの片道だけならば5時間は許容範囲だ。

打ち合わせにある程度時間がかかって、
新幹線に17時に乗ったとしても、名古屋駅には22時には着く。
東京出張でも名古屋への帰りが22時ぐらいになることは日常茶飯事。
夜の名古屋駅前の繁華街に引っかからなければOKだが、
(たまには引っかかってもいいかな。)

鹿児島は、新幹線の開通で、
飛行機の少ない便数に縛られなくなったので
完全に日帰りコースになってしまったのです。
それも、朝10時20分出発の超楽々コースです。

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2019年08月28日(水)

8.28.残念だったが、ひょっとしたら逆に縁を得たかもしれない。

九州の北部で記録的な豪雨が降り続き、
私も明日の長崎行きが中止になりました。
久しぶりの長崎は楽しみにしていたので大変残念ですが、
たまたま出ていた鹿児島の有望な物件を、急遽見に行くことになって、
それはそれで、何か得したような気がしたのです。
ひょっとしたら、
明日行かなかったら逃していたかもしれない物件を、
たまたまの偶然で、急遽行けることになって、これも一つの縁かもしれません。

そんなことが今までの過去にもいっぱいありました。
たまたまの偶然で手に入れた縁もあれば、失った縁もあったのかもしれません。
そういう意味では、私達は、
何もかも自分の意志で動かしているような気になっていても、
もっと大きな見えない意志で動かされているような気にもなってきます。

太古の人間が、
神の存在を思いつき、
神がいると考えると何もかものつじつまがうまく合って、
何もかもの説明が着くことに気が付き、
地域とか民族によってそれぞれに神が出来て、
価値観が共有されるようになると、文明が出来上がってきたらしい。
(今ベストセラーの「サピエンス全史」が面白い。)
価値観の共有が文化だとするならば、
神の概念は人類史に豊かな文化を創りだしてきたとも言えるのでしょうか。

もしかしたら、
私は、神様のおぼしめしで長崎行きが中止になって、
神様のおかげで鹿児島のすごい物件を手に入れるのかもしれない。
何がどう巡って、何がどうなるのか全く分からないのだから、
何が幸運で、何が不幸かも解かったものではない。
解かっているのは、
自分が誰かのせいで不幸だと思い始めたら、
誰かのおかげで幸せになることも無くなるという事だろうか。

いずれにしても、
誰もが持っている共通の等しい運命は死ぬということ。
限りある人生が、
いかに長いかということに意味があるのか。
限りある人生をいかに快楽に豊かに生きるということに意味があるのか。
自分の人生を他人の定規で測られても困る。
いつも思うのだが、人生は成るようにしかならない。
ジタバタしても、いくら嘆いても、成るようにしか成らないのだから、
精一杯の事を、堂々と心置きなく成せばいい。と思う。
その上で、
自らに与えられた運命をいかに潔く受け入れるかで、
自分の人生の自分にとっての価値の高さが決まって来るのではないか。
長崎行きが中止になっただけだが、
色んなことを考えてしまった。

歳をいよいよ取ってきたのだろうか、
色んなことを自らの人生においてどうなのかなんて、
すぐにオーバーに思うようになった。



先日、孫たちが来て組み立ててくれた「内臓シリーズ」のカブトムシ。
腹の部分が透明で内臓が見える。

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角度を変えるとほれぼれするほど迫力がある。

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タランチュラも腹の部分が透明になっている。

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我が家の玄関。私はかっこいいと思うが、たいていの人はびっくりする。

画像(640x423)・拡大画像(650x430)

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2019年08月27日(火)

8.27.「変わる」「変え続ける」強み

前話で、上場後、この会社が急成長できたのは
「変わらない」ことが、強みの一つであったと言った。
成長する組織の中で、
役職が上がってもその仕事ぶりと感性が「変わらない」という文化と、
大切にしなければならないものを変わらず大切にしていく文化が、
組織の成長を止めない強みになっているとも書きました。

逆に、
「変わること」「変えること」も躊躇しません。
組織全体が常に成長しているので、
組織の中に安定してそのままであり続けようとする部分があると、
すぐに歪みが生じてしまうので、
「このままではイカン」という危機感を常に持ち続けます。
そして、必要となれば、
いつでも、常に、変えることを躊躇せずに実行します。

組織が成長するから常に変わるのですが、
逆に、常に変わり続けるから成長しているのだとも言えます。
弁証法的な進化が、
常にみんなで議論することで自然に発生します。
進化している者が自らの進化に気づかないのと同じように
進化し成長し続けていると、
その節目が無くなって連続した進化と成長になるので、
その成長に気が付かなくなってしまうのではないでしょうか。

ここ5年間で、2倍の企業に成長したことを、
内部の人間が驚いているのは、
変化し続けて、成長し続け、
節目無く成長を続けたので、
成長していること自体に気が付かなくなっていたのかもしれません。

「変えること」「変わること」とは、
常に進化する方向性を持った思考の連続と、絶え間ない議論。
議論は自己主張より他人の感性を受け入れること。
自分以外をいかに受け入れるということが議論。
「変わること」とは、
自分以外を如何に受け入れること。
変わることは議論する事から始まる。

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谷 好通

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谷 好通

キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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