谷 好通コラム

2019年05月04日(土)

5.04.色々なことがあった"決勝" スーパーGT第2戦(富士)

前日の予選を2位で通過した#37 KeePer TOM’S LC500
朝、
平川亮選手(25歳)とニック・キャシディ―(?)の両選手が、
自信満々のように見えたのは、
私たちの希望が、無意識に入っていたかもしれません。
あるいは、本当に自信があったのかもしれません。

いずれにしても、
決勝の朝はよく晴れた良いお天気でしたが、
午後から雷雨が降る確率が70%と地元のテレビが言っていました。
少し悪い予感です。

朝9時に御殿場のホテルを出たのですが、
富士スピードウェーまでの道がひどく混んでいて、
回り道で渋滞は何とか回避したのですが、
それでもサーキットのテントに入ったのは10半過ぎで、
いつもの三倍の時間がかかりました。
さすがに10連休の威力でしょうか、
富士スピードウェーには昨日の予選と今日の決勝で
なんと約9.5万人もの来場者があったそうです。

さて、決勝です。
午後2時半スタートの500kmレースなのでゴールは午後5時過ぎでしょう。
もっと早い時間のスタートとゴールが子供連れの客にはいいのにと思います。

スタートは、案の定、雨の中となりました。
セーフティーカ―スタートです。岡山を思い出します。
2位のポジションから#37のスタートドライバーはニック・キャシディ―。
ニックはスタート時の冷えた滑るタイヤでのドライブに定評があって、
スタートから何周もしないうちにトップの#23MOTUL GT-Rを、
ヘアピンで抜き去りトップに立った。
これは、やはり、#37安泰のトップかニンマリとしたのは束の間、
雨がひどくなってくるにつれて、深溝レインタイヤの#23と”38ゼントLCに、
浅溝レインタイヤを選択していた#37KeePerTOM’Sは、
ジワっと抜かれて3番手で周回を重ねた。
そのうち、もっと雨足がひどくなって来て、
クラッシュが起きる前に一度レースを中断する赤旗が出た。

おおよそ1時間ほど中断しただろうか、
雨はまだ少し降っているが晴れそうな空になったので
再スタートしてレースは始まった。
みんなレインタイヤのままだが、やがて雨は上がり、
徐々に路面が乾きつつある頃、
タイヤをドライ用のスリックタイヤに交換する時期を探った。

コースが乾いて白くなってくるとレインタイヤは急速にグリップを失う。
#37がピットに入ったところ、
何を間違ったのか僚友の#36もピットインし、
狭いピットで二台がダブってしまったため、
#37のタイヤ交換を含めたピット作業が10秒ほど遅れてしまった。
どうも、最近のTOM’Sはこの辺のチームワークが乱れているように感じる。
この遅れに頭に来たのか、
交代したドライバーの平川亮選手は
こともあろうか、ピットアウトしたすぐの1コーナーで、
ホィールスピンをしたかの様にコースを膨らんで芝にはみ出して、
5秒くらいロスしている。
デッドヒート中の計15秒のロスは致命傷だ。
あっという間に500クラスのほとんどビリにまで落ちてしまった。

その間に、
僚友の#36は”雨の天才”関口雄飛が11位から7位まで順位を上げていたが、
交代した後の
宮田リトモ(漢字は忘れた)選手がパニックになっていた。
宮田選手は若手登竜門のF3のチャンピオンで、
このレースはWECに出場の為スーパーGTを抜ける中島一樹選手の代わりに
代用選手として500クラスの#36に大抜擢されていたのです。
だから、500クラスでのレースは初めてで、
その初めての場面が、
雨が止んだが、まだ少し濡れている路面に、
ドライ用のスリックタイヤでまだ冷えている状態ではツルツル。
この過酷な条件に宮田選手は必死にドライブするが、スピートは全く出せず、
モタモタ状態で後続の500クラスに次々と抜かれて、
ほとんどビリッケツ。
そこには#37がいて、一時、我がTOM’Sの#36と#37の2車は、
ビリ1とビリ2で走る惨めな状態となった。

もちろん、そんな状態を#37に乗る平川が続ける訳がなく、追い上げるが、
そのうちに#37は#12カルソニックGT-Rと不運な接触をしてしまった。
両者ペナルティ無しの文字通りの不運な接触であったが、
#37は。左前輪に傷を受けスローパンクチャーで、
ピットインしてタイヤ一本を交換する羽目になり、
完全にレースから脱落してしまった。

そうするうちに今度は、宮田選手の#36 au TOM’S LCは、
Bコーナーでミッションを壊してしまいリタイヤ。

これでレースの前半が過ぎ、
この後、
#37 KeePer TOM’S LCは、
平川亮選手とニック・キャシディ―選手の奮闘で、
7位にまで順位を上げゴールした。


度重なる不運は、
そんなに続くものではありません。
次の第3戦(鈴鹿)に期待をつなごうではありませんか。みなさん。

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PHOTO by Yoshifumi Nakamura

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5.03. 予選#37 - 2位!スーパーGT第2戦(富士)

第1戦の岡山は、雨の中を無理してレースを成立させた。
消化不良の後味の悪い思いをしたが、
その挙句の12位ノーポイントは
観客が圧倒的に多い富士戦でのハンディキャップゼロ!を意味する。
今までの富士戦は、その前の第1戦岡山で優勝したりして
シリーズ最初から一番大きなハンディウェイトを背負っていたが、今年は0!
今年の富士戦はチャンスだ。
そんな期待に応えてくれたかのように、
予選を第2位で通過した。

1位は#23 MOTUL GT-R
2位 #37 KeePer TOM'S LC500 トップとの差 0.34秒!
3位 #12 Calsonic GT-R

11位 #36 au LC500 タイヤのチョイスをちょっと間違えたか。

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2019年05月03日(金)

5.03.命令や、号令をかける空しさ

組織を動かす時、誰でもが思うのが「号令」をかけて「命令」することです。
しかしそれによって組織が意識を持って動くのかと言えばNOです。

組織とは、もちろん、一人一人の人間の事であって、
一人一人の人間がそれぞれに役割を振り分けられて、
一人が動くよりもはるかに大きな動きをして、はるかに大きな仕事を成す。
あるいは一人ではとぎれとぎれの動きになるが、
組織で動けば連続した動きになるので継続した仕事をすることが出来る。
ある仕事、特に大きな成果を生む仕事をするには、
組織が絶対に必要であることは当然だ。

しかし、それが烏合の衆であり、
一人一人の意識がばらばらであると、
どんなに大きな声で「号令」や「命令」をかけても
動きがバラバラになってしまい、
組織として力がまったく発揮されない。
その為に、
仕事が大きな成果を上げた時には大きな褒賞を用意したり、
反対に仕事の成果が小さすぎた場合、降格などの実質的な罰が与えられたり、
組織の皆がその仕事で大きな成果を上げようとする意識を作ったりする。
特に褒章はみんなのやる気をそそり、大きな効果がある。
これはこれで有効であるし、働く方も遣り甲斐が出てイイ。

しかし、それは大きな成果を生む為の大きな方向としての意識が造られただけ、
仕事の一つ一つの行動については、
それぞれの判断と価値観、考え方でバラバラに行われたのでは、
やはりバラバラの行動になって、有効な仕事にはならない。
それぞれが報奨欲しさにバラバラに動くとしたら、仲間割れが起きるだろう。
その一つ一つの行動について、細かくルールを作って、
みんなに明確に示して、そのルールに従って動くように、
強く「・・・をしろっ。」と命令するか、
「・・・・をしようっ。」と大きな声で号令をかけるか。

しかし、この命令と号令は上司が高い所から掛けるので、
下にいるみんなの頭の上を素通りして、
みんなの意識の中には入らない。
「・・・をしろっ」と言われた時だけ、みんな、「・・・をする。」だけ、
「・・・をしよう」も同じことだ。
上から頭ごなしにする命令と号令は、
みんなのその瞬間の行動を造り出すだけで、
なぜそうすべきなのかは判らないので、
「・・・をすべきだ」とも「・・・をしたい。」とも思わない。
だから、その時その命令と号令に従うだけで、
その命令と号令が無ければ別のことをする。

仕事とは一つ一つの行動の積み重ねであり、
特にストックビジネスである洗車・コーティングの事業は、
一人一人のお客様の、一回一回の仕事の積み重ねが物を言うので、
みんなの一つ一つの言葉と行動が、ビジネスの繁忙を決めると言ってもいい。

しかし、一人一人のお客様に対する一つ一つの仕事は、
その数の分だけ、条件が違っていて、
いちいちケースバイケースで対応しなければならないが、
マニュアルの中に命じられている「型」パターンでは、
ケースバイケースの対応は絶対に無理だ。

お客様も人、スタッフも人、
人同士の対応は、命じられた通りのパターンでは
あまりにも機械的であり、冷たく、通じない。

「・・・しろ。」という命令や、
「・・・しよう。」という号令では、
その事は実行されるが、
その意味や、その価値を伝えた訳ではないので、
その時と、そのケースについて、
服従の形で実行されるだけで、
それ以外の時とそれ以外のケースでは何も実行されない。
だから、ケースバイケースでの対応は出来ない。

きちんとその意味であり価値を伝えることによって、
それに基づいたケースバイケースの対応が出来るのだが、
それは「命令」とか「号令」では実現できない。
きちんとその意味について、きちんとその価値について
説明され、たくさんの例を用いながら、丁寧に何度も解かれなければならない。
教えられなければならない。

教えるには、ひたすらコミュニケーションが必要で、
コミュニケーションの一番の基本形が報・連・相。
あるいは伝えることであり、あるいは書くことだ。

私が命令と号令を嫌うのは、
私が人を自分の思うがままに動かしたいとは思っていず、
解かってもらいたいと思うから、
絶対に判ることが無い号令と命令を嫌うのです。
山ほどの文字と言葉が必要です。

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2019年05月01日(水)

5.01.承り継ぐということ

今日のテレビは新天皇の即位、承継に関わる番組が延々と続いています。

平成の始りの時、1989年1月8日は
昭和天皇の崩御に伴って、新天皇の即位があったので
お祭りムードは一つもなく、何についてもひたすら”自粛”でした。

今回の皇位の承継では、平成天皇のご意志での退位と新天皇即位なので、
渋谷のスクランブル交差点でのバカ騒ぎを映すテレビなど、
何もかもがお祝いムード一色で、
その様子を見ながら、30年前の「平成の始り」を思い出しました。


この会社は私と連れ合いの二人で1986年9月に起業して
150坪の小さな古いガソリンスタンドの運営から始まりました。
二人は年中無休で必死に働いて、しっかり儲け、
翌々年には、もう2軒目のガソリンスタンドをやろうと計画を立てました。
しかし、次の物件はそう簡単には見つからず、
探しまくった挙句に
数キロ離れた所に出た132坪の更地を、借金して買ってしまいました。

そこに2軒目のガソリンスタンドを新しく造るのですが、
その時代はガソリンスタンドの「総量規制」があって、
日本全体のガソリンスタンドの軒数が決まっており
ガソリンスタンドの新店を1軒、造りたければ、
日本国中のどこかでガソリンスタンド1軒の廃止が必要だったのです。

その頃の私はバカな自信過剰人間で、
「石油元売りは私のずば抜けた販売力を知っているので、
私が新しいガソリンスタンドを自力で造れば、
田舎のどこかの売れないスタンドを潰してでも、
私の店にガソリンを供給してくれるに違いない。」と、
たかをくくって、
ガソリンスタンドの建築を強行してしまったのです。

ところが、世の中はそんなに甘くはありません。

その総量規制は暫定措置法で、あと1年で撤廃になることが判っていたので、
頼みの石油元売りはどこの店も潰さず、
「谷君が勝手に造ったのだから。」と、
どこもガソリンを卸してくれないのです。
ガソリンスタンドを造ってしまったのに、ガソリンは買えず、売れず、
でも、土地とスタンドの建設費の借金は払わなければならない。
「何もせずには1年間持たない。このままでは倒産だ。」
困った私は、
ガソリンスタンドの設備を活かして、出来る商売はと考え、
「洗車とタイヤ」の店にしました。
タイヤは大して売れませんでしたが、
洗車は、横浜のモービルクリーンベースという変わった洗車場があったので、
そこで特殊な「磨き」と「コーティング」を教わって
洗車と磨きとコーティングを一生懸命売ったので、
何とか食いつなぐことが出来ました。

それが今のKeePer技研株式会社の「洗車とコーティングの事業」の始りです。
それから紆余曲折がありながら、
仕事大好きの努力と、溢れるほどのアイデアと、
ありがたい仲間たちと、山ほどの幸運と、
何よりもお客様のおかげでここまで来ました。

その始まりが1989年1月で、
新店オープンの準備をしている頃に
昭和天皇のご病態が悪くなって、
お亡くなりになるのは時間の問題であったので、
新店オープンも派手にやることが出来ず、
様子を見ながら準備を進めていたのですが、
いよいよ1989年1月7日に昭和天皇が崩御され、
翌1月8日に明仁天皇が即位され「平成」が始まったのですが、
世の中はまだ、何をするにも”自粛”一辺倒でした。
だから、その新店「クリーンベースWhith」は、すごく地味なオープンでした。

KeePerの原点である
「クリーンベースWhith」は、実は、
「平成」という元号のスタートと共に世の中にデビューしたのです。
その時の主役は谷 好通でした。
その谷 好通が平成31年2月12日に一線を退任しました。
平成も2019年4月30日に幕を閉じました。
平成と共に幕を開き、平成と共に幕を閉じる。
KeePerの谷 好通はまるで「平成」の申し子のようです。

平成が終わるとほぼ時を同じくして、私は去りましたが、
KeePerは新しい社長に承継しました。
承継とは、「うけたまわり継ぐこと」です。
KeePerの文化は、
非常に解りにくい部分を持っています。
強者の価値観と、勝者の論理で出来ていないのです。
私は勝っていないのです。

このことは隠すつもりはなく、
一生懸命説明するのですが、中々解かっていただけません。
でもそのおかげでか
KeePerは独特かつ独自の文化を育てることが出来ました。
でも、これはたぶん誰も解っていません。

ここの部分は、自分が謙虚になって、学ぶことでしか伝えることは出来ません。
押し付ける訳には行かないので、
自分で学ぶしかありません。

新天皇がお言葉の中でおっしゃっていたお考えと価値観は、
平成天皇が、昭和天皇から承継したものです。
そして昭和天皇の価値観と考え方は、
「敗戦」に大きく影響されており、
勝者の論理ではなく、敗戦によって初めて見えた民衆の姿であり、
その悲惨の中から気づかれた優しさに根差しているから
多くの民衆から支持されて、
象徴としての天皇制が成り立っているような気がします。

KeePerの価値観とか文化は、
そんな立派なものではなく、もっとうんと簡単で当たり前の事で、
KeePerと関わりを持つ多くの人は当たり前のように知っていますが、
強者の価値観と勝者の論理では理解できないものです。

勝とうとすると余計解らなくなります。

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2019年04月30日(火)

4.30.平成から令和に変わる

日本独特の象徴天皇の制度において、
現天皇が自らの意志で退位し、その長男が新天皇として即位する。
それに伴い、元号が「平成」から「令和」に更新される。

ということで、それで何かが変わるのかと言えば
今の”時”の呼び名が変わるだけで、実は何も変わらない。
しかし、
これを良い機会と考えて、ついでに、何かを変えようとすることもある。
そのことは別に悪くはないが、
元号が変わっても、
その事自体で何かが変わることはなく、
同じだから
単なる踏ん切りの一つとして、
令和に変わったから・・・と何かを変えるきっかけにするだけで、
例えば何かの呼び名を変える等はあっても、
何かの実際、あるいは実体を変える理由にはならない。
だから、
たとえば、
「平成から令和に変わったので、これをきっかけに値上げします。」
と言ったら総スカンだろう。
そんな自分勝手な行為は誰からも支持されない。

テレビは視聴率を取ろうと、
「元号が変わる歴史的な一瞬」といかにも大ごとのように煽るが、
元号の更新とは、
心に高ぶりを感じつつも
本当は冷静に受け止めるべきことなのではないだろうか。

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谷 好通

代表取締役会長兼CEO

谷 好通

キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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