谷 好通コラム

2019年04月19日(金)

4.19.自分の未来を作るようで楽しかった。

今日は久しぶりに二泊の出張の日程を、
飛行機の時間表とにらめっこをしながら作りました。

初日、午前中に欠かすことが出来ないことを済まして、
午後から空港に行って、
夕方、札幌千歳空港に飛ぶ飛行機に乗って、
向こうに着くのは18:35。
それから雪解け時期で大変忙しくなっているLABO札幌店と手稲店に行って、
両方の店が閉店後、みんなを食事に誘って、楽しく食事をして、
その時に、大変お世話になった坂本氏にもお会いできればお礼を言いたい。
その日は札幌駅の前のホテルに泊まり、
翌日の朝一番で、札幌にある会社で新製品の打ち合わせをして、
午前中に札幌千歳空港に走って、
釧路空港行きのプロペラ機に乗って
釧路空港に到着するのは14:05。
すぐにレンタカーに行って、ワゴンのレンタカーを借りて、
約2時間かかって「霧多布」に走る。

霧多布に到着するのは、たぶん、16時ぐらいだろう。
急がないと東の果ての霧多布では日が暮れてしまう。
間に合えば、湿原の木道を先っぽまで渡って、
運が良ければ湿原の絶品の夕焼けを撮ることが出来るかもしれない。
更に時間があれば、
夕陽の前にヒグマが住むという「鷲の巣の森」をこの目で見て見たい。
その日の夜は、霧多布に住む友人と語り明かして、
いい夢を見て寝て、
次の日の朝は遅くとも6:00には起きて、
6:30から釧路空港に向かって走り、8;30にはレンタカーを返して、
9:00の札幌千歳行きの飛行機に乗る。

千歳空港には9:45に到着して、
空港ビル内を歩いて、10:45発の中部空港行きの飛行機に乗る。
中部空港には12:25分に着陸して、
まっすぐ会社に戻る。
その後、午後から欠かすことが出来ない事を済ます。

二泊二日のような強行軍の日程だ。
色々考えて工夫して、北海道でのどうしてもしたいスケジュールを押し込んだ。

本当は最初、霧多布に泊まることは無理だと思っていたのですが、
何とか工夫している内に泊まることが出来る日程を作ることが出来ました。

こういう飛行機がらみの込み合ったスケジュール作りが、
昔は当たり前であった。
特に昔のある時期は海外が絡んでいて大変だった。
その度に無茶なスケジュールを立てて、
殺人的な日程をこなすのが、自虐的な快感になっていた。
あの頃は面白かった。
仕事の成果は上げられなかったが、少なくとも面白かった。
日本→ロス→ニューヨーク→ドイツで、
世界一周を短時間でやった時は、死ぬほどしんどかった。

しかし、スケジュール作りは、
それが無茶であればあるほど、
自分の未来を自分で切り開いているようで、
私は大好きであった。

若い時は、痛い足を引きずりながらでも、何でもできた。
そんなことを、
今日のスケジュール作りをしながら、思い出し、
ちょっとグッと来てしまった。
昔に戻れたらと、胸に迫って来て、最近はそういうことが多い。


その昔、本当に世界一周をやった時の、
ロスからニューヨークへ飛ぶ飛行機の中から撮った本物の『摩天楼』。

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2019年04月18日(木)

4.18.引退間際のジタバタは仕方ないのだ

今日はまた東京に行ってきました。
東京の機関投資家の皆さんへIRで社長交代と会長就任の挨拶です。
しかし実質的には、
私が社長を引退する決別の挨拶のような意味もあります。
と、私もそのつもりはあったのですが、
もともと私はこのIR(インベスターリレーション)が嫌いではなく、
投資家の皆さんから色々な事を教えてもらえるので、
むしろ、好きなので、
IRのいつものペースで事業状況などを説明している間に、
スイッチが入ったのか、ホントにいつものペースになってしまいました。

ところが午後からのIRで、
大変お世話になっているある投資家の方から、
「長い間お世話になりました。」と決別を意味する挨拶をされ、
はたと、今日のIRの目的を思い出しました。
そうしたら、
妙にさみしく思えてきて、
「IRには、気が向いたら、また、私も来ます。」と、つい、言ってしまい、
そんなだらしないことは出来ないなと反省したのです。
それでも、
機関投資家へのIRは、
今の事業状況を説明していると、
気が付かなかった事に改めて気がついたり、
将来の事について思いもよらない可能性に突然気が付いたり
話をしていてワクワクするので、私は大好きです。
私は社長を引退して会長になるのはいいのですが、
このIRに来れなくなるのは、残念だな、つまらないなと思って、
色々と考えてしまいました。

引退に際してのジタバタは、
仕方ないのです。


孫娘に耳を広げられて可愛いリンダと

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おすましチーちゃん

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孫娘とモデルガンを構えるアホなおっさん

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2019年04月17日(水)

4.17.車の写真ではなく艶の写真を撮るという事

今日また、4台の車で艶の写真を撮りました。
4台の車の写真を撮ったのではなく、4台の車で艶の写真を撮ったのです。

KeePerに関わるパンフレットとか、看板とか、チラシとか、
必ずKeePerで磨き上げた艶々の車の写真がつきものですね。
いえ違いますね、KeePerで磨き上げた車の艶々の写真がつきものです。
しつこいようですが、
私たちがいつも撮っているのは、
「車の写真」ではなく「艶の写真」を撮るのです。

ここの所をどれだけ強く説明しても、
ある優れた写真家を除いて、普通のプロのカメラマンは、
「分りました。」と返事をしても、いざ撮影が始まると、
どうしても「(艶のある)車の写真」を撮りたがるので、
どうしても、写真を撮る方向が合わず、物別れに終わってしまいました。
だから、仕方なく、今では
スタジオで、
デザイナーたちと一緒に、
自分達で撮っています。
ついこないだまで、されでもカメラを使える女性社員がいたので、
助かっていたのですが、
それでも、私がいちいち指図をして「艶の写真」を撮っていました。
私達のデザイナー達にも艶の写真と車の写真の違いがなかなか分かっていず、
苦労をしていたのです。
しかし、その女性がめでたく「産休」に入ったので、
(当社は産休が多く、しかも100%職場復帰しているのが自慢だ)
今日は、デザイナーたちだけで撮ったのです。

撮影はいつも朝早くから始まるのですが、
私は昨日、東京へ日帰りの出張をしたので、
ちょっと遅刻して、9時半ごろにスタジオに出ました。
そうしたら、
名古屋勤務の三名のデザイナーとWEB関係の女性4名だけで、
さっさと今日は「艶の写真」を撮っているではありませんか。
どうも、新人の(と言ってもかなり年配)デザイナーが、
いつもの私の口ぐせ『下手な鉄砲数打ちゃ当たる。』と言いながら、
1シーンにつき露出を変えながら、何枚もシャッターを押していて、
その中に、
確かに艶の写真と言えるような写真が混じっていて
彼らは突然、出来るようになってしまっていた。

となったら、私はもう出番はない。
何年も、何十回も、私の出番がありつつ進んだ艶の写真撮影も、
とうとう『下手な鉄砲数打ちゃ当たる。』と意味が通じて、
突然、彼らは出来るようになったのです。

私は早目に引き上げたので、
「上手く撮れたと思う写真を、メールで何枚が送っておいて。」と言い残して、
彼らにすっかり任せて、スタジオを去った。

その結果、夜になって送られてきた写真がこれだ。
まだ少し解っていない部分があるが、
あと少しの修正で終わりそうだ。


これは、ちょっと無理ですね。

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艶のポリューム感は出ています。

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ちょっと考え過ぎですね。

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意外と良いのではないでしょうか。

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おもしろいですね。

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いい写真です。

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艶とも車とも関係なく、単なるかわいい猫です。

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2019年04月16日(火)

4.16.富士山がくれる幸運

今日は朝から晴れていて、
きっと東京に向かう新幹線の中から富士山がよく見えるでしょう。
だから、新幹線はわざわざ富士山側の席を取りました。

東京に行く時は、晴れていれば富士山が見える。
この幸運は、
私が、いつか、死ぬ間際に
「もう一度、富士山見たいなぁ」と、つぶやく価値のある幸運です。

幸運とは、それが有る時には、そのありがたさが解らないもので、
それを失った時、はじめて、その価値を思い知るものなのでしょう。
人は生き物なので、必ず死にます。
無限とも思えるような長い時間の中では、
人は愛する人とゼロに近いような短い時間を一緒にいられるだけで、
ほんの一瞬のことです。
時間は、過ぎれば、いつも幻のごとく、
失った時に初めてその価値を思い知るのでしょうが、
出来得るものならば、その片鱗だけでも、生きている間に知りたいものだ。

涙が出て来ちゃいます。

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2019年04月14日(日)

4.14.応援の皆さんがお気の毒で、本当に申し訳ない。

今日のスーパーGTのレースは、
雨の天気予報であり、寒くなると伝わっていたので、
術後の腰にキツイかと思って岡山に出かけず、
自宅のテレビでの応援を決め込んでいました。

午後2時過ぎに決勝レースは始まったのですが、
雨足が強く、最初からセーフティーカー(SC)先導のスタートで、
数周に渡ってレース走行の半分ほどもないスピードで廻り、
やっとSCが抜けてレースが始まったと思ったら、
数周廻っただけで、
路面の水に乗って(ハイドロプレーニング現象という)
内巻きにスピンして
コーナーの内側の壁に頭を突っ込んだ車があって、
それの撤去作業の為にまたSCが入って、
ぐるぐる徐行しているうちに、
雨が小降りになって、再スタートしたら、
すぐに雨が強く降り始めて
また数周で今度は複数のレースカーが
路面の水に乗って派手にクラッシュして、
今度は赤旗(一時レース中断)が出て、
ずいぶん長い時間かけ、雨が小雨になって再スタートするも、
すぐにまた強く雨が降り始めて、またコースアウトの車があって、
本日4回目のSC出動、

セイフティーカー(SC)先導で徐行している間に、
なぜか我が#37のニックキャシディ君はスピンして、
500クラスの最後尾に下がっている。
(徐行と言ってもタイヤやブレーキの”温度を下げないように”
ドライバーは急加速をして見たり、急ブレーキ、急ハンドルをしている。
だからセイフティカー先導走行中のスピンというものは不思議でない。
しかしもちろん、多くはない。不思議ではないが、アホの部類ではある。)

そんな徐行中にもかかわらず、また大きなクラッシュが発生、
すぐに赤旗が出て、レース中断、
1時間近くも中断が続いて、
時間切れで、レースは中止となった。
それでも、周回数が既定の回数を越していたので、
レースそのものは成立となって、
ドライバーには既定の半分のポイントが与えられた。
その根拠となった周回数のほとんどがSC先導の徐行であって、
レース走行での周回はあまりなかったので、
個人的には、レースが行われたという印象はほとんど無い。

主催者がレースを成立させるために、
ダラダラとSCと赤旗で引っ張り、
SC先導徐行での周回を稼ぎ、かろうじて、
レース成立に持ち込んだような印象を与える後味の悪いレースだった。

おまけにSC先導徐行中のスピンによって最後尾に下がった#37は、
せっかく無理して成立したレースなのに、
更に上から落ちてきた車があったので、
最後尾に下がっていなければ6位ぐらいにはなっていたのに、
最後尾から二車分上がっても12位で、ポイントゼロであった。

一番気の毒だったのは、
わざわざ#37応援の為に駆け付けてくれていた、
地元を中心のたくさんの皆さんです。
岡山サーキットの観客席は、
申し訳程度の屋根があるだけの吹きっ晒しの席で、
今日のように温度が10℃くらいしか上がらない風が強い雨の日は、
きっと居心地の悪い、寒い、ひどい状況だったと思うのです。
そんな観客席に何時間も座って、
SC先導の徐行を長々と見せられて、
みなさん、本当にお気の毒だったと思うのです。
本当に、申し訳ありませんでした。

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PHOTO by Yoshifumi Nakamura

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PHOTO by Yoshifumi Nakamura

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キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
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