谷 好通コラム

2019年03月14日(木)

3.14.KeePerの営業とは

KeePer技研の営業は「売って来い」「売れ」とは言われたことが無い。
一般に営業というと、
言葉巧みに商品を売り込むことが仕事だ。
相手に目的の商品を買う気にさせるためには、
ベンチャラでもお世辞でも何でも言うし、
手練手管、何でもやる。そんな像が営業という役割には当てはまる。
また「営業は足だ。」とはTVのコマーシャルでも言っていた。

何もしなければ売れない商品でも、一流の営業にかかれば魔法のように売れる。
営業には必ず【ノルマ】【目標】があって、
営業はその達成に全精力をかける。
相手にとって、その商品を買うと益になるのか、
相手の為になるいいのかは、別のことであって、
営業はとりあえず「売って」、営業の仕事は完結する。
ちょっと極端かもしれないが、
営業という職種に求められるのは、とにかく「売る」ということに尽きる。
それが常軌を逸すると「ぼったくり」になって、
お客様の信用を失い、やがて身を滅ぼすことになる。

昔々、もう四十数年以上も前の昔、
私も、短い期間だが、売るだけを考える営業をしたことがある。
大きなGSを事情があって辞めた後
とっても小さなガソリンスタンドの所長として働いていた時、
お客様の車にとって不必要な物をさんざん売って、
その店舗の販売成績を上げていたことがあります。

たとえぱ、
オイル交換は1500kmサイクルで顧客管理して
オイル交換はまず今入っているオイルを抜いて、
フラッシングオイルを入れ、
エンジン洗浄剤を加えて、エンジンをかけ内部を洗って洗い、抜いて、
アイルを抜いている間にタイヤの空気圧をチェックして、
圧の減りの大きいタイヤがあれば、パンク防止剤を入れておく、
オイルエレメントを交換し、
エンジンオイルを入れて、オイル添加剤も入れる。
季節の変わり目ならば、ラジエーターには事前に洗浄剤が入れてあるので、
不凍液を抜かなければ(或いは入れなければ)いけない。
不凍液を抜いたにしろ入れたにしろ、当然「錆止め」を多めに追加する。
これらの事をやると、
車の安全点検をしたことになるので、
その料金を追加する。
6か月点検の時期が来ていれば、当然6か月点検を実施する。

これくらいは、相手のお客様が
こちらのやることを黙って認めてくれる掛売り客ならば、日常茶飯事で、
これが月末でノルマにもうチョイで追われている時ならば、
ギヤオイルの交換(フラッシング付)か、
オートマチックミッションのオイル交換や、
クーラーガスの交換などが加わる。

これらはすべてお客様がそのメリットを実感するものではなく、
本当にそれが必要なものはあまりなかった。

私はその小さなGSで成績を上げて、
大きなGSの所長に昇格しました。
バブル全盛の日本国中がおかしくなっていたことです。

やがて、ガソリンスタンドで何かをやると”ぼったくられる”という
カーディーラーやドライブショップや修理工場等から
お客様へのアドバイス?もあって
良くない風評がたち、あっという間に広がり、
いくらGSスタッフが上手く営業しても、
いくら熱心に営業しても、なかなか買ってくれなくなって、
ある時期からパタッと売れなくなった。
ぼったくり最大の標的であった営業車も、リース車になって、
何も売れなくなった。

自分だけが儲かって、相手にはほとんど得が無い「ぼったくり」は、
長くは続かないだけでなく、信用を取り返しのつかないほど損ねる。
もちろんこういう店は存在し続ける理由がなく、
私がいた店舗は直に閉鎖になっていた。

今の時代は、そんな馬鹿なぼったくりをするガソリンスタンドは無い。
それでも、本当に必要なものを必要な分だけお勧めするのは
決してぼったくりではない。正しい営業だ。
ましてやKeePerは、お勧めされたお客様の想像を越す仕上がりになるので、
お客様からすると「ありがとう」となり
ぼったくりとは逆の結果になる。
つまり、お客様に得をしたと思っていただき、信頼関係が造られる。

昔、バブルで世の中が浮き立ち、おかしくなっていた頃
ぼったくりをしたこともある店舗もあったGS業界で、
それに対する猛烈な反省もあって、
キチンとやれば必ずお客様に喜ばれるKeePerが盛んなのだと思います。

病院の外の夜景を見ながら、そんな昔のことを思い出しました。

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2019年03月13日(水)

3.13.いよいよ手術の最後通告です。

今日は、夜8時45分から
主治医の稻田先生じきじきに手術の具体的な説明があって、
何枚もの同意書にサインをしました。
直前まで、連れ合い達とこの手術をすべきか否かと、真剣に議論していましたが、
稻田先生の明快な説明を聞き、
先生の「頑張りましょう。」で、返す言葉が無く、
「よろしくお願いします。」としか言えませんでした。

手術は×40の巨大な顕微鏡を使って精密に行われ、
脊椎の手術としては一番簡単な手術で、2時間の手術です。
3月18日、この日は三本の手術があるそうで、私は最後の手術になります。
手術の次の日には早速、痛いのを我慢しながらでもリハビリが始まり、
ゆっくり寝かせてはもらえないのだそうです。
私は病院にジッとしている事がとても出来ないので
10日もあれば退院するのではないかと予測しているそうです。
よくよく考えましたが、
やはり、やるべきでしょう。

本当に嫌ですが、やはり、やるべきなのだと思います。
本当にイヤなんですが・・・

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2019年03月12日(火)

3.12.また外出できました。今日は大満開のしだれ梅!!

昨日が最後の外出だと思っていたら、
今日も午後2時から外出できたのです。
本当は、
今日は午前中から仕事があったのですが、
先生に「外出許可は先週まで」と宣言されて、
昨日の午後からの外出で、これが最後になると覚悟したので、
今日午前中の仕事は欠席としました。
大切な会議であり、東京からわざわざ出て来てくれる人もいたので
ぜひ出たいと思っていたが、
さすがに入院してから1週間で毎日外出しているし、
いずれは手術してまともに動けなくなるのだから、
どこかでこういう時が来ると思い、思い切って欠席とした。

案の定、午前中には「麻酔科」からの呼び出しがあって、
全身麻酔のリスクや
「手術は終わってから間違いなく痛いものです。」と手術のデメリットと、
手術することによって問題が解決されるメリットを、
「自分自身できちん比較して、考えて、自分で決めなければいけません。」
麻酔科のきっぱり話す女医さんから包まない言葉で話されて、
一段と覚悟も出来たが、さらにビビることになってしまった。
明日は、
家族も入れて、稻田先生からの最終の話がある。

これで午後からの時間が自由になったので、
外出できることになったのだが、
会社でやっているはずの大切な会議も終盤にかかっているはずなので、
こま段階で私が加わっていくと、
まとまるものも、まとまらなくなるので、あえて途中からの出席はやめて、
連れ合い達と遊びに行くことにした。

「鈴鹿の森庭園」で、
見事な「枝垂れ(しだれ)梅」が満開を迎えているらしい。
高速に近い病院から目的地まで約1時間。
行って、見て、帰って3時間もあれば大丈夫だろう。
午後2時から午後5時までの外出願いを出したら、すぐに通ったので、
早速出かけた。

行って、良かった。
あんなに見事な枝垂れ梅は見たことが無い。
というより今までで一番見事な「花」であった。
心に引っかかっていた思いかたまりが、スーッと消えて行った気がした。

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2019年03月11日(月)

3.11.最後の外出、花粉が4倍

たぶん、今日が最後の外出になるだろうと思う。
先生との約束の一回一泊二日は先週までの事で、
今週から本格的な手術の準備に入るらしい。
手術に向けて着実に近づいていく。

朝のテレビで今年のスギ花粉の飛散量が平年の4倍だと言っていた。
私は花粉症の症状は全く無いので、
平年の4倍だと聞いても何とも思わないが、
毎年花粉症で苦しんでいる人にとっては、
地獄からの通告のようなもので最悪の気分であろう。
あれは見るからに辛そうだ。
花粉症でない我が身が、つくづくありがたいと思う。
と言っても、その辛さを一度でも味わったことがある訳ではないので、
実感をもってそう思っている訳ではない。
そう書いているだけだろう。

30年くらい昔、連れ合いが子宮筋腫で全摘出手術を受けた時、
手術が終わったその日の夜、私は病室に泊まり込んで付き添った。
麻酔から覚めた連れ合いが「痛い。痛い。」と言って苦しむので、
腰をさすりながら、
共感しようとも思うが、
自分は全く痛くないので、
痛がっている連れ合いを傍観している自分を見つけて、
「冷たいものだなぁ~」と自分を思った記憶がある。

あの記憶と花粉症のニュースを聞いても、
全く感情の変化のない今の自分と似ているなと思った。

よく商売では、お客様の気持ちになりきると、
販売側として、何をすべきなのかが判ると言いますが、
なかなか成り切れるものではありません。
でも、それが出来ると、本当に何をどうすべきか判るものです。
でも、とても難しいのです。

だから、
今度の手術もこの恐怖を共感してくれる人はいません。きっと。
仕方ないのです。

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2019年03月10日(日)

3.10.幸せそうなお年寄りたちと会った。

今日は一日病院でおとなしくしているつもりだったのですが、
ふと、「久しぶりにオバアちゃんの顔を見てこようか。」と思い立ち、
入院以来初めて全日を病院にいる日になるはずだったこの日曜日、
やっぱり午後から4時間ほど外出することにしてしまいました。
ただし、この日初めて、朝、昼、晩の三食を病院食で食べます。

オバアちゃんとは私の母であり、今年もうすぐ90才になる。
つまり、私は、母が23才の時に生まれたということになります。
私は、母がまだピチピチの若い娘の頃に、母から生まれて、育ったのだ。
そう考えると、妙に嬉しく照れるのはなぜだろうか。

でも今日は久しぶりに会いに行って良かったと思う。
母はアルツファイマーを少々患っていて、徐々に記憶が出来なくなって来ているが、
認知症にありがちな凶暴性とか被害妄想とか鬱のような症状とか、
そんな暗い症状をまったく持っていず、
いつも穏やかに嬉しそうにニコニコして話をしてくれる。
友達がいっぱいで、食事が楽しみで、
病院への通院もやる気満々で、
デーサービスが「楽しい」とはにかんだように言うのはかわいい。
友だちが部屋にいつも遊びに来てくれるのが嬉しいのだけど、
「だれどね、みんなが帰ると部屋に私一人になって、そんな時は寂しいんだよ。」
と寂しそうに言うが、贅沢な「寂しい・・」だ。

1時間くらい私たちは部屋にいたが、
ずっとニコニコしながら話し続けてくれる。
同じ話が何度か繰り返して出てくるが、そんなことは愛嬌で、
私たちは、何度でも「あっそう、すごいね。良かったね。」と返事をする。

ちょっと気分転換に大食堂のようなホールに出ていって、
備え付けのコーヒーを飲み、
母は「私は紅茶が良いな・・」と言うので紅茶を入れ、
また、ずっと同じような話を明るくして、
帰りには、玄関まで見送ってくれた。
別れ際には手を振って、その様子がとても可愛い。


今の老人ホームが、たまたま良いのだろうか。
以前一度、
母が自分で探してきた個人経営の、
今とは違う老人ホームに入っていたことがあるが、
そこでは半監禁のような状態での生活で、
母は眠れない状態が続き、睡眠薬漬けになって、
いつ会ってもボーっとしていて、人相まで変わり、これはいけないと思って
一度自宅に引き取ってから
連れ合いが探してきた今の老人ホームに移った。

あれからまだ二年だが、
以前の老人ホームでは半病人のようだった母は、
今の老人ホームで、
ニコニコして、友達と一緒に歩き廻っている。
今のお年寄りは幸せだ。
ただし、正しい老人ホームを間違いなく選べばだが、
つくづくそんなことを思った。

病院でも同じようなことが言えるのかもしれない。
あるいは会社でもそうかもしれない。
関わることでその人の人生に多くの影響を与える役割の者は、
その責任を肝に銘じなければならない。

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谷 好通

代表取締役会長兼CEO

谷 好通

キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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