谷 好通コラム

2019年03月12日(火)

3.12.また外出できました。今日は大満開のしだれ梅!!

昨日が最後の外出だと思っていたら、
今日も午後2時から外出できたのです。
本当は、
今日は午前中から仕事があったのですが、
先生に「外出許可は先週まで」と宣言されて、
昨日の午後からの外出で、これが最後になると覚悟したので、
今日午前中の仕事は欠席としました。
大切な会議であり、東京からわざわざ出て来てくれる人もいたので
ぜひ出たいと思っていたが、
さすがに入院してから1週間で毎日外出しているし、
いずれは手術してまともに動けなくなるのだから、
どこかでこういう時が来ると思い、思い切って欠席とした。

案の定、午前中には「麻酔科」からの呼び出しがあって、
全身麻酔のリスクや
「手術は終わってから間違いなく痛いものです。」と手術のデメリットと、
手術することによって問題が解決されるメリットを、
「自分自身できちん比較して、考えて、自分で決めなければいけません。」
麻酔科のきっぱり話す女医さんから包まない言葉で話されて、
一段と覚悟も出来たが、さらにビビることになってしまった。
明日は、
家族も入れて、稻田先生からの最終の話がある。

これで午後からの時間が自由になったので、
外出できることになったのだが、
会社でやっているはずの大切な会議も終盤にかかっているはずなので、
こま段階で私が加わっていくと、
まとまるものも、まとまらなくなるので、あえて途中からの出席はやめて、
連れ合い達と遊びに行くことにした。

「鈴鹿の森庭園」で、
見事な「枝垂れ(しだれ)梅」が満開を迎えているらしい。
高速に近い病院から目的地まで約1時間。
行って、見て、帰って3時間もあれば大丈夫だろう。
午後2時から午後5時までの外出願いを出したら、すぐに通ったので、
早速出かけた。

行って、良かった。
あんなに見事な枝垂れ梅は見たことが無い。
というより今までで一番見事な「花」であった。
心に引っかかっていた思いかたまりが、スーッと消えて行った気がした。

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2019年03月11日(月)

3.11.最後の外出、花粉が4倍

たぶん、今日が最後の外出になるだろうと思う。
先生との約束の一回一泊二日は先週までの事で、
今週から本格的な手術の準備に入るらしい。
手術に向けて着実に近づいていく。

朝のテレビで今年のスギ花粉の飛散量が平年の4倍だと言っていた。
私は花粉症の症状は全く無いので、
平年の4倍だと聞いても何とも思わないが、
毎年花粉症で苦しんでいる人にとっては、
地獄からの通告のようなもので最悪の気分であろう。
あれは見るからに辛そうだ。
花粉症でない我が身が、つくづくありがたいと思う。
と言っても、その辛さを一度でも味わったことがある訳ではないので、
実感をもってそう思っている訳ではない。
そう書いているだけだろう。

30年くらい昔、連れ合いが子宮筋腫で全摘出手術を受けた時、
手術が終わったその日の夜、私は病室に泊まり込んで付き添った。
麻酔から覚めた連れ合いが「痛い。痛い。」と言って苦しむので、
腰をさすりながら、
共感しようとも思うが、
自分は全く痛くないので、
痛がっている連れ合いを傍観している自分を見つけて、
「冷たいものだなぁ~」と自分を思った記憶がある。

あの記憶と花粉症のニュースを聞いても、
全く感情の変化のない今の自分と似ているなと思った。

よく商売では、お客様の気持ちになりきると、
販売側として、何をすべきなのかが判ると言いますが、
なかなか成り切れるものではありません。
でも、それが出来ると、本当に何をどうすべきか判るものです。
でも、とても難しいのです。

だから、
今度の手術もこの恐怖を共感してくれる人はいません。きっと。
仕方ないのです。

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2019年03月10日(日)

3.10.幸せそうなお年寄りたちと会った。

今日は一日病院でおとなしくしているつもりだったのですが、
ふと、「久しぶりにオバアちゃんの顔を見てこようか。」と思い立ち、
入院以来初めて全日を病院にいる日になるはずだったこの日曜日、
やっぱり午後から4時間ほど外出することにしてしまいました。
ただし、この日初めて、朝、昼、晩の三食を病院食で食べます。

オバアちゃんとは私の母であり、今年もうすぐ90才になる。
つまり、私は、母が23才の時に生まれたということになります。
私は、母がまだピチピチの若い娘の頃に、母から生まれて、育ったのだ。
そう考えると、妙に嬉しく照れるのはなぜだろうか。

でも今日は久しぶりに会いに行って良かったと思う。
母はアルツファイマーを少々患っていて、徐々に記憶が出来なくなって来ているが、
認知症にありがちな凶暴性とか被害妄想とか鬱のような症状とか、
そんな暗い症状をまったく持っていず、
いつも穏やかに嬉しそうにニコニコして話をしてくれる。
友達がいっぱいで、食事が楽しみで、
病院への通院もやる気満々で、
デーサービスが「楽しい」とはにかんだように言うのはかわいい。
友だちが部屋にいつも遊びに来てくれるのが嬉しいのだけど、
「だれどね、みんなが帰ると部屋に私一人になって、そんな時は寂しいんだよ。」
と寂しそうに言うが、贅沢な「寂しい・・」だ。

1時間くらい私たちは部屋にいたが、
ずっとニコニコしながら話し続けてくれる。
同じ話が何度か繰り返して出てくるが、そんなことは愛嬌で、
私たちは、何度でも「あっそう、すごいね。良かったね。」と返事をする。

ちょっと気分転換に大食堂のようなホールに出ていって、
備え付けのコーヒーを飲み、
母は「私は紅茶が良いな・・」と言うので紅茶を入れ、
また、ずっと同じような話を明るくして、
帰りには、玄関まで見送ってくれた。
別れ際には手を振って、その様子がとても可愛い。


今の老人ホームが、たまたま良いのだろうか。
以前一度、
母が自分で探してきた個人経営の、
今とは違う老人ホームに入っていたことがあるが、
そこでは半監禁のような状態での生活で、
母は眠れない状態が続き、睡眠薬漬けになって、
いつ会ってもボーっとしていて、人相まで変わり、これはいけないと思って
一度自宅に引き取ってから
連れ合いが探してきた今の老人ホームに移った。

あれからまだ二年だが、
以前の老人ホームでは半病人のようだった母は、
今の老人ホームで、
ニコニコして、友達と一緒に歩き廻っている。
今のお年寄りは幸せだ。
ただし、正しい老人ホームを間違いなく選べばだが、
つくづくそんなことを思った。

病院でも同じようなことが言えるのかもしれない。
あるいは会社でもそうかもしれない。
関わることでその人の人生に多くの影響を与える役割の者は、
その責任を肝に銘じなければならない。

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2019年03月09日(土)

3.09.チーちゃんとリンダとむすめと私

昨夜、自宅へ外泊でした。
その夜、富山から娘が「顔を見たかった」と電車でやって来てくれて、
私は仕事があったので、皆と食事をした後、
寝る前に、少しでしたが、ゆっくり話が出来ました。
久しぶりに落ち着いて話が出来てとても良い時間でした。

娘が帰って来て一番オーバーにはしゃいで喜んだのはリンダです。
でも、クールなチーちゃんも娘が帰って来たその時
一番に玄関に出迎えにニャーと言いながら出たと言っていました。
あまり表情の薄いチーちゃんも明らかに嬉しそうな顔です。

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リンダは娘に「お姉ちゃん大好きっ!」と、
ずっとベッタリで、はしゃぎまくりです。

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ペットたちのあまりの喜びように、
「セイコは、俺に会いに来てくれたんだぞ」とボソッとつぶやく私も、
うれしそうです。

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2019年03月08日(金)

3.08.病院にて、昨夜9時半の出来事

昨夜は病院泊でした。
午後5時には病院に到着して、しばらくしてから、
以前入院した時よりもいくぶんか美味しく感じる病院食を食べて、
付き添いでいてくれた連れ合いも帰り、
会社からのメールをチェックして、
いくつかの電話をして、ちょっと大きい声を出したりして
それも終わると、
やることがなくなった。

テレビをつけても見たい番組がある訳でもなく、
手持無沙汰で
またPCの電源を入れたのは9時を過ぎていた。

CDトレイにバイオリニストの葉加瀬太郎のCDを入れ、
PCに接続して使う小さな木箱のスピーカーを取り付け、
(これは低音は出ないが、バイオリンのソロには結構合っている。)
小さな音でバラードを聞きながら、
扉に背を向けてPCの画面をボーっと眺めていたら、
入口の方でガサゴソっと音がした。
部屋には看護師さんがよく来て、
しかし、何か用があれば声をかけてくれるので
そのままにしていたら、

白い影が私の横目を横切った。
「あれっ?」っと思った瞬間、
「ワッ!!」と大きな声で、肩をつかまれた!

びっくりした!
私は本当に死ぬほどびっくりした!

「ギャーッッ?!」
と、訳の分からない大声(悲鳴)を上げてイスから飛び上がって
後ろを振り向いたら、
そこには白衣の稻田先生が笑って立っている。

私を死ぬほどびっくりさせたのは稻田先生だったのだ。
夜9時半過ぎまで仕事をしていらっしゃったのだろう
しかし、こんな遅い時間に先生が来てくれるとは思いもよらなかったので、
私はただ驚くばかりでうろたえていた。
先生は
「手術は悪くなる前にやった方が絶対うまく行くから・・・・」
と、話してくれるのだが、
私はろくに返事も出来ず、失礼をしてしまったが
心臓バクバクで、本当に驚いた。
私を脅かした本人が
稻田先生では怒る訳にはいかない。
しかし、その夜は不思議とまたぐっすりと寝れた。

私は心臓が上手なので100%あり得ないが、
びっくりして私が死んでしまったりしたら、
朝のバラエティー番組では、どんな見出しを付けるでしょうか。
考えただけで、笑えてきます。

だんだん、徐々にですが、手術を受ける覚悟が出来てきました。

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谷 好通

代表取締役会長兼CEO

谷 好通

キーパーのルーツであり、父であり 男であり、少年でもある谷好通の大作、名作、迷作コラム。
読めば読むほど元気になること間違いなし。・・・の、はず。

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